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あれだけおもしれえおもしれえと言っていた古井由吉に早くも飽きる。短編3つ読んで飽きる。あんな神経質でありながらどこ向いてるか分からない文章を長きにわたって読むなんて僕にはできない。疲れる。現代っ子の僕は、たまにはジャンクフードも食べないとやっていけない。

ってことで(というような因果は別にないんだけれど)、サリンジャーの「エズミに捧ぐ」をちょびっとだけ読む。具体的にはX氏のエピソードから終わりにかけて。途中から読んでも面白い小説は面白い。意味がわからないけど、救済感がすごい。

「エズミ、本当の眠気を覚える人間はだね、いいか、元のような、あらゆる機――あらゆるキ―ノ―ウがだ、無傷のままの人間に戻る可能性を必ず持っているからね。」

やっぱりたまんなく好き、この文章。

まあしかし小説家だとか詩人の、またそのフォロワーの文章を読んでると、彼/彼女らはいっつもあーいうある種の切実さを伴って生きている、というような錯覚に陥る。この世界になんらかの感動を見つけるような感覚を無意識的に有してるような文章。そういうゲージツ的な雰囲気にしばしば僕なんかは感化されてしまうけど、んな訳がないのだ。当たり前な事だけど。いくらなんでも四六時中そんな感覚で生きてる訳がなくて、俗っぽい面だって有してるはずなのだ。彼/彼女らはそういう感覚で得たもの、考えたものだけを文章に託してる訳であって、当然わざわざ書かないような面だってある。だから注意しろよ、俺。安心していいぞ、俺。
……と、書いときながら僕はやっぱりそういう人に憧れる。実に青年期らしい背伸びだなあと自分でも思うけど、まあ仕方ないんじゃないですか、うん。
2010.06.14 Mon l 日記・散文 l COM(0) TB(0) l top ▲

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